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第23回8・15母親の平和行進

今までの暑い日が嘘のように収まった一日でした。雨が降るかもしれない(天気予報では降ることになっていたのですが)と思いつつ、降ったら幟はどうしようなんて余計なことを考えつつ県民会館に出かけました。去年は福島瑞穂さん。同じ会場で随分人が集まっていたような覚えがあります。今年はちょっと少なかったかな。50〜60人くらいといったところか(若い人も少なかったなぁ)。午前中は吉武輝子さんの講演。作家であり(作品は読んだことがありません)、また土井たか子さんの支援会長を34年も続けてきた人。そして今回も参院選では福島瑞穂さんの支援会長も務めた1931年生まれの73歳。丸木美術館の理事もされている。余程骨太な人らしい。話を聞いていてもそれは感じられましたね。60歳からが本当の人生だよと励まされました。ま、それはともかく話の中味です。

1931年生まれですから彼女は当然軍国少女として育つわけ、で学徒出陣のときに神宮外苑(現国立競技場)に日の丸の旗を振って壮行に行くんですが、そこに引っ張られた学生たちは関東だけで約7万人、国から役に立たない学問をやっているということで画学生や音大生、文学部の学生たちなんだそうです。当然医学部や理工学部系は国のお役に立つので免除されていた。人は差別されているものほど国策に従うものでそれを知っているからこそ国は彼ら文科系の学生たちを使い捨てにした。当然ながら使い勝手のいい男性像・女性像も利用して。で戦後になって思ったんだそうです。あの時の私は疑うことを知らなかった。疑わないということがどれほど犯罪的であることかと厳しく自分を断罪したのだそうです(そういえば岡部伊都子さんもそう言っていたなぁ、「沖縄からの出発」(講談社現代新書)のなかで)。「疑うことこそ民主主義の第1歩」。そこから自分の戦後は始まって、だから土井さんや福島さんを徹頭徹尾応援したり、戦争への道を許さない女たちの連絡会をつくったりということができるんですね。

60歳を過ぎてから、吉武さんは様々なものに挑戦しているんだとか。俳句を始めたり、中央大学で女性学を教えてみたり、歌手デビューしてみたりとなかなか凄いですね。で大学で教えていて20代の若者を見ていてというところから3つの話題が出されたのです。

若者たちを見ていると寄る辺のない孤独感を感じる。それはなぜかと考えてみると彼らはほとんど現代史を学んでいない。つまり現代史が彼らにとっての闇の部分になっている。昨日があるから今日があり、だから明日があるんだといった連続性という観点から考えれば闇の部分つまり昨日のことを知らない若者が未来に対して明確なヴィジョンを描けない、そういうことではないのか。目先のことや現象だけを見て判断してしまうことになる。例えばマスコミなどの一方的な情報だけで判断するということは、その人も一緒に加害者になるという危険性をもっているということ。だから私は自分史(1931年という柳条湖事件の起こった年に生まれた)と現代史を重ね合わせることによって歴史の語り部になろうとした。それが大人の責任ではないかということ。

ところがそういう学生たちに対して何をいっても通じないような無力感に襲われることがある。そういうときには長野県上田市の無言館(戦没画学生の絵=遺作500点を展示している窪島誠一郎さんの美術館)に行くんだそうです。ほとんどが未完であり必ず生きて帰って絵を完成させるんだという思いが伝わってくるんだそうです。そして後輩に同じことをさせるなと語りかけてくるという。そして再び学生たちの前に立つというんですね。ちょっと行ってみたくなりました。

今の人たちは平均寿命が長い。人生50年の時代から人生90年の時代になっている。吉武さんは人生50年と思っていたからその後の40年はどう活用するかという楽しみがあったが、今の若者たちには90年というのがインプットされている。だからかえって先が読めないというか見えなくなっている。さらに人生50年時代は、みんな国家や社会が要求する役割人間でおわってしまうということを意味していた。そこから「男のくせに」や「女のくせに」で切り捨てられている部分がかなりあったのだけれど、今でも60歳くらいまでは役割人間時代を過ごしている。母親であり、妻であり、男の人であれば会社で何らかの役割があるという具合に。ところが年をとればとるほどその役割や立場がなくなっていく。その分「個人」の部分が大きくなる。そういうところを学生たちに伝えて生きたい

ということでした。結構共感できる話でしたのでまとめきれずだらだらと書いてしまいました。このあといくつかの質問・感想がだされましたが、中で辻元さんの立候補についての質問に対する彼女の答えはじつにすっきりしていました。衆議院でたった人は次も衆議院で行くべきです。なるほど(この講演の間右翼の街宣車の五月蠅いこと五月蠅いこと。全然気にもとめずに話し通したのは流石ですね)。

さてその後梅干し入りのお握りとお茶を支給され、軽いお昼を済ませた後は市民の広場近くから出発して、なんとなくほのぼのとしたデモ行進でした。お巡りさんも百万署名のデモとは違う雰囲気のような気がしたのですがそれは気のせいでしょうか。ま、いつものコースで歩いて1時半ころに流れ解散となりました。ネットの幟を持って歩いたんですが、そんなの持って歩いたのは私くらいなもんで少々気後れはしました。そういえばぴぴんの取材をしてくれた新聞社の方も取材に来ていました。どんな記事を書いたのかな。どなたか教えて下さい。

高島邦俊(宮城高校教育ネットワークユニオン代表)

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